(2−3) かっての石切場跡や出版事業の中心だった旧回春庵跡などの遺跡もある。


<今では人も入れない谷戸の奥にある石切場跡 2005年6月撮影>
鎌倉時代に回春院が行った出版事業、教育事業などは当時の日本では極めて稀であった。これは寺子屋教育などルーツとも思われる。そのような文化的な歴史を感じる多羅葉の樹が、回春院の本堂裏にある、歴代住職の墓地近くにある。多羅葉へは鉄筆などで写経したかもしれない。


(左)多くの蜂や蝶が花へ集まる春の多羅葉の樹
(右)鉄筆で葉裏に文字が簡単に書ける
2.再生保全のための地域区分
上記の基本的な性格をもった地域を、幽谷谷戸からの流域圏としてとらえ再生保全策を講じる。
(1)本堂、三門、参道の区域
(2)ため池と水辺の区域
(3)三つの谷戸毎に
(4)寺領内の市道など
幽谷山
回春院
読経めく蜂の翅音や多羅葉樹
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