翌13日は日曜日。朝食は2☆のホテルらしく、コストは最低限に抑えた内容。スパーで売っているジュース、パン(ビスケット)、コーヒー(紅茶)。朝7時からで、身軽な若者には良いかもしれない。平均的な味だが衛生等の不安は無いのは良い。賄いの女性がひとりだけこの時間にいて、飲み物などの補充などしている。

日曜日でも開館しているホルゲーゼ美術館へ行く。イタリア通のMさんが日本からチケットを予約してくれていた。バチカン美術館など日曜休館が多いので、この美術館へ足を運ぶ観光客は多いので、事前予約は確実だ。宿からまたテクテクと歩く。

ヨーロッパの町を護る壁の先祖とも云われるアウレリアヌスの城壁は、蛮族(ゲルマン民族)の侵略に備えて紀元272年に建造された。この遺跡に囲まれたホルゲーゼ公園の中に美術館へはあるのだが、赤い石壁の遺構と新緑の公園が実にローマ的だ。

11時の予約時間までホルゲーゼ公園をおもちゃのようなトロッコで回り、幾何学的な美術館の裏庭をみたりして寛ぐ。この日はじAVON女性マラソンなども公園で行われていた。好天の週末は市民の憩いの公園なのだ。

館内の収蔵展示作品は17世紀の辣腕枢機卿ホルゲーゼが強引な手法を使ってまでも収集したコレクションらしい。ローマをバロック風の町につくりかえたベルニーニの20代の作品、「ダヴィデ」「アポロンとダフネ」と「プロセルピナの掠奪」の艶かしい大理石彫刻の躍動感はすばらしい。他にラファエロ、カラヴァッジョ、ティツィアーノなどの作品の前には多くの人をとめていた。館内の写真撮影は禁止。

昼食はたまたま見つけたテラスでピザと珍なるカンツォーネなどをビールと一緒に楽しむも、夕食並の値段で驚く。ここではビールはワインより高いのだ。

午後は二階建ての市内観光バスに乗る。安直な観光だが、11ヶ所のバス停に乗り降り自由の一日券(16ユーロ)。晴れたローマを日本語の録音された説明をイヤーフォーンから聞きながら、一周100分掛けて無蓋のバスで回る。快晴の日曜日で心地よい風を浴びながら高みの見物を楽しんだ。

途中で降りてスペイン広場へ歩く。1977年にタンザニアからの帰任旅行でイタリアへ寄った時には人はまばらだったこの広場の石階段には、紅白の躑躅が置かれて飾られている。
ここもローマの観光スポットで、多くの観光客が群がっていた。相変わらずのブランド店が軒を連ね、中はラッシュアワーのように混んでいる所もある。
階上の三位一体教会中央オベリスクが修復工事中で、そのカバーが趣を少しく壊す。

バスと徒歩での気軽な観光を終えて、夕食はテルミニ駅から下町へ向った海鮮料理店。この辺りは、犬の糞が路上にそのままで、足元注意が必要。昨晩と同様に開店の少し前に到着する。中から店のおばさんが招きいれてくれた。この日は生ハム、ムール貝と烏賊の前菜に焼いた鱸と蝦をメインにする。勿論、白ワインとパスタも入れて・・

ガイドブックに登場するレストランは混んで予約なしには入れないと思い、開店間際にはその店に足を運んだ。そのためか、いつも最初の客として座席を確保できただけでなく、食材やお薦めなどを聞くことができた。


春爛漫全ての人もローマへ通ず

薫風やローマの赤い無蓋バス

人や人つつじやつつじローマ晴

元老ら春衣で仕事帰りかな

カエサルはまた殺されて春うらら

武具吊るすビニール袋春の塵

<カンツォーネ:包みの中はチーズと肉→>

<ホルゲーゼ公園にて>

<観光バスからテヴェレ川とサンタンジェロ城>

<チルコ・マッシモ(競技場跡)辺りで↓>

<スペイン広場の階段↑>

HOMEへ

「その後のサファリ」のTOPへ

next

back