翌17日、早朝の地中海の海岸を散歩すれば、一人の漁師がボートに乗って網の手入れをしている。誰もいない浜にはホンダワラや若布が打ち上げられていた。晴れた日にはアフリカ大陸も見えるそうだ。
この日も移動するために荷物は全て車に乗せ、広大な考古学地域を持つセリヌンテへ向う。この旅の初日にパレルモで訪ねたシチリア州立考古博物館でも、このセリヌンテのギリシャ神殿遺跡の彫刻が展示されていた。


紀元前7世紀、ギリシャ人の入植したセリヌンテは、この後に訪ねたライバル都市のセジェスタとカルタゴとの戦いを繰返していたが、終に紀元前409年に町は包囲され陥落した。アクロポリスや神殿は破壊され市民は虐殺か奴隷になったと言う。更に、紀元前241年にはローマに占領されることを恐れたカルタゴ軍によって徹底的に破壊された。その後の地震で残った遺跡も崩壊して、16世紀まで忘れ去られていた。ゲーテの「イタリア紀行」にも記載はない。
セリヌンテ遺跡は、川に挟まれたアクロポリスと、一キロほど東に三つの神殿がある。我々は神殿の方へ向う。祀った神々が不明で、神殿はアルファベットが付されている。最初の神殿Eは紀元前5世紀の建造で、正面に6本、側面に15本の円柱を置いていた。それを19世紀の土木技術で再建された。遠くからは美しいその姿も、ガイドが話したように、再建は鉄を使った方法だったので、至近距離では、錆びた鎹などが現れていて見苦しい。我々はその神殿に嵌め込まれていたメトープ(正方形の浮彫石板)はパレルモの考古博物館で見ている。

神殿Eと並んで、神殿FとGが崩れた巨石の山として放置されている。いくつかの石はスペインへ建材として持って行ってしまい、再建には数が合わないのでこのままなのだ。特に神殿G(50mx110m)は壮大で正面に8本、側面に17本の円柱が並び、更に4本の円柱で前室を備えていたらしい。大きな柱の円周は7人が両手をつないでようやく届くと言うから、10m以上なのだろう。
そんな巨石が転がっている中に入れば、グループ全体が石に隠れてしまう陰もある。観光としてベストな4月、この神域は野の草がいっせいに咲いている。薊、罌栗の花、クローバー、マーガレットなどが巨石の間で花を揺らしている。離れたアクロポリスの遺跡も海から立ち上がる様子が遠望できる。まことにのどかな雰囲気を味わった。
ここから近くのシチリアワインの産地マルサーラへ向かい、今回のツアーで唯一のお店案内はここのワイン試飲だった。試飲した中からシェリーのようなワインとアフリカに近い島の葡萄を使った白の二本を買った。それに合うオリーブも・・
次に、セリヌンテと戦を続けたセジェスタへ行く。竜舌蘭と茴香(ういきょう)の花が咲く辺鄙な丘にひとつだけ建っている、ここセジェスタの神殿は建造された紀元前5世紀の姿を最も良い形で保存されている。同時に構造上に祭壇が無いことから謎の神殿とされている。


考えられる理由としては、@ギリシャ人と異なるエリモ族のギリシャを真似た神殿なのか?
Aギリシャ人がエリモ族と争いを起さないためなのか? Bはたまた未完成なのか?
など・・とガイドの説明。
離れた山にはギリシャ劇場もあったが、時間の関係で見学しなかった。また、峪では発掘作業が行われている小屋が見える。いくつもの文明が重層的に発掘されているらしい。
セジェスタの丘へは我々日本人3人しか登らなかった。ガイドの話から、トリノからの若夫婦の親族に不幸の報せが入ったらしい。そのために一日早めて帰宅する便などをガイドが事務所と連絡を取りながら進めている。確かにこの朝から若夫人の表情が曇っているのが気にはなっていた。とにかく明日のパレルモまでは一緒に行くことになった。
昼食は標高751mの風が吹きぬける砦のような町エリーチェで摂る。ここはシチリア島の西端のトラパーニの港との関連から、ギリシャ人が住み始めた古代から中世へ争奪の的になった。中世にはアラブ人とノルマン人の支配を受けた。今はマトリーチェ教会と町全体がしがみつくように山頂にある。いつも風が強い。崖の上のノルマン城からはトラパーニの町を望み、背後には塩田が見える。相変わらずのワインとフルコースの昼食後、各自勝手に町を歩く自由な時間。土産屋が並ぶ細い道に有名な菓子屋があると云う。孤児院で育った少女が始め、成功した店で名前を「マリア」と言う。おばあさんになったマリアは今も菓子を作り続け、彼女に続いて孤児がいくつもの店をシチリア全体に広めて有名になった。味も上々だった。


シチリア島を一周して、夕方、ツアー初日のホテル、モンレアーレに戻る途中にパレルモ空港に立ち寄り、急遽、帰る事になったトリノの若夫婦を見送る。
夕食は五人で、英語が全くのミラノからの老夫婦とイタリア語が全くの日本人だけになり、少しでも通じたトリノの若夫婦の仲立ちもなく何となく黙々としてしまう。電子辞書のイタリア語を見せるも、眼鏡を掛けなければ見えないので、かえって、もたもたする。ガイドと運転手は決して一緒の卓で食事はしない。会話が自然と二人と三人の母国語に分かれた。
神殿の巨石ごろごろ罌栗の花
茴香の花やゲーテの相良訳
祭壇のなき神殿や竜舌蘭
たんぽぽや遺跡の下に遺跡あり
切岸の塔に銃眼受難節
恙なしワインの里の青葡萄
ういきょう
<ツアーバス↓とアフリカに近い地中海の朝→>
<セリヌンテの崩れた神殿Fから再建された神殿Eを望む>
<丘の上のセジェスタの神殿と祭壇の無い内部>
<エリーチェへの坂道と頂上の城砦>