午後は歩くサファリを諦めて、車を使ってサバンナへ出る。豹とライオンへの狙いを再めて試みる。
しばらくして、ハゲタカが空に円を描いているのを発見し、車を寄せた。そこには、シマウマの肉を貪るライオン家族がいた。近くには別の車が一台いて、観察している。既に満腹で側に寝そべる他のライオンを暫く見ながら、前の車が空くのを待った。
15分ほどで前の車は去ったので、我々の車を3m位まで寄せる。数頭のライオンがむしゃぶりつく肉塊やあばら骨の間にシマウマの模様もはっきり見えた。骨をかじる音まで聞こえて迫力満点だ。近くには多くのハゲタカが順番を待っている。
豹はとうとうお目に掛からなかったが、この時はみなで声を潜めながら興奮した。

数万の小鳥がいっせいにサバンナの地表から黒い塊となって飛び立ち、伸び縮みして百メートル位にまた降り立つ。そんな動きをあちこちでたて続けに舞っていた。これにはガイドが興奮した。
この日の夕食も前日と同じように大きな食卓に全員座った。その食事中、すぐ近くを十数頭のキリンの群が闇の中を怒涛の勢いで次々と駆け抜けて行った。懐中電灯に映し出された、その迫力ある光景は忘れられない。あの長身のキリンが可なりのスピードで闇を躓かないで走る事が不思議だ。
何が彼らを走らせるのか、野生の地響きが物凄かった。めったに見れないとロッジ側の話だった。

ライオンの顎の音する冷まじや
露寒や病むライオンは身を潜め
地を宙に捩り無数の小鳥来る
翌10月4日の3時半の飛行機でダルエスへ戻るために、午前中がセルーでの最後のサファリである。豹以外は見るべきものは見尽くした感がある。犀とチーターは居ないのでこれは致し方ない。他の動物では車を止める事も無く、ひたすら豹を求めて探索するが、残念ながら見られなかった。




昼食をメイン・テントで摂って、飛行場に送ってもらう。その途中も、ガイドは気を使ってあちこちを巡ってくれた。ハイエナの赤ん坊がバオバブの木の根の洞から顔を出した。実に可愛い顔をしている。親は餌を求めてか留守中だった。猿やインパラの群の親子を見ながら飛行場へ向かう。
途中で無線が入り、飛行場を管理している役人を車に乗せるように指示が入る。この役人がセスナ機の離着陸の管理をしていて、25ドルの空港使用料をパイロットから受取る仕組みになっている。だから、我々を積み残して飛行機は飛び去る事ができないのだと説明してくれた。
虹立つやベビーブームの大草原
ハイエナの名にそぐわない目の澄みて
セスナ機に乗って40分、ダルエスへ到着した。3回乗ったセスナ機のパイロットは同じ人だった。奇遇にも思えたが、「皆さんからは逃げられませんね」と若いパイロットは笑っていた。
空港で運転手ダニエルさんに来てもらった。
ハプニングがあった。Yさんのリックをルアハからセルーへのセスナ機に残したまま降機してしまった。セルーのキャンプでの無線で幾たびも捜し求めたが、リックの行方はようとして分からない。キャンプのイタリア人は楽観的なことばかり言って、当てが外れていた。
ダルエスに到着して、飛行場のセスナ機の会社の地上乗務員(若い女性)が調べてくれ、どういう風の吹き回しか、タンザン鉄道のダルエス始発駅構内の荷物置き場にあると云う。駅へ行き、そこでリックを発見した。Yさん始め一同、多いに感心した。しかし、経緯は全く分からない。
因みに、この駅は中国の援助で完成したタンザン鉄道の出発駅で、30余年前に工事中の状態が垣間見えた。今は日に何便か運行していると聞く。
無事にキリマンジャロホテルに到着したが、予約された部屋がまたまたない。上級の部屋を当ててもらい、費用精算は旅行社に委ねた。結果は得した感じだが、信用できないホテルだ。
その晩は、再度Cさんも入ってKさんお薦めのエチオピア料理店で会食した。手を使ってインジェラというパンケーキで肉などを包んで食べる伝統料理。結構いけた。
<↓は子連れのしま馬、インパラ、猿、そして、バオバブの祠から顔をだすハイエナの子>