↑↑葦舟 ↑ウロス島にて ←葦舟船首のピューマ

「その後のサファリ」のTOP       back              next       HOME

6日目:

 チチカカ湖畔の町、プーノのホテルの窓からは早朝の日の出を見て欲しいとのガイドのアドバイスで、四時に起床して、東向きの部屋の窓から湖の夜明けを待つ。

 明前の空に銀河が未だ見える。30分程で空は白み始め、やがて曙光が雲の間から現れた。荘厳な気持ちにさせられる。

 朝食前にホテル近くを散歩すれば、アルパカの群れが草を食んでいた。

浮島はトトラを3mほど積むだけ。島自体は、湖面に顔を出すようにして生えているトトラを刈り取り、その根の塊を浮島のベースとして、刈り取ったトトラをブロックのようにして束ねたものを3mほど重ね、さらにその上に敷き藁のようにしてトトラを敷き詰める、といった方法で作られており、浮材として使っているトトラが腐ってきた場合には、また上から新しいトトラを補充する。島の寿命は1015年。

我々は浮き島「ウロス島」に上陸して、乗り換えてピューマの頭で飾られている葦舟で浮き島「スクール島」へ移動する。校舎は木造で、教室内には白板もあって不自由はなさそうだ。他の島々は葦船でゆっくりと見て回った。

 どの島もトトラと呼ばれる葦を重ね合わせて作った浮島である。島には、葦で作った家や見晴台もあり、部落をなしていて、島の周りにはトトラが林のように育っている。不自由な生活かと思ったが、聞けば、テレビも電話もあるとのこと、ソーラー発電が使われていた。

チチカカ湖の夜明け→ 
↓湖畔のアルパカ

富士よりも高き湖面や眉の月        銀漢やサザンクロスもオリオンも 

天高し青深々とチチカカ湖         葦舟を少年御して青葦へ 

青葦を干す浮島の生活かな         浮き島や日焼けインカの子ら跳ねる

 チチカカ湖の浮島からプーノへ戻り、そのまま空路リマへ戻る。ここで、酸欠状態は一気に恢復した。

 リマ空港ではガイドのオオニシ氏が前と同様に迎えて、そのままバスで、空からのナスカ地上絵観光の基点、イカへ向かう。約100kmの距離だったが、途中の渋滞は酷いもので、二重三重と車線が増え、その中を砂埃あげて隙あらば前の車列のもぐりこむ運転が続く。5時間以上も時間をかけて、ようやくイカのホテルに到着し、この日の旅程を消化した。

 チチカカ湖の湖面は標高3812mで富士山頂より高い。その面積は琵琶湖の12倍ほどあり、ペルーとボリビアにまたがる淡水湖で、汽船の運航する湖では世界で最も高い。

 インカ帝国時代のプーノはインカ創始者マンコ・カパックが降臨したという伝説があり、重要な役割を持っていた。しかし、スペインによる占領で、先住民たちはプーノの町から追い出された。ある者は山奥へ、ある者は湖上の葦の浮島へ移り住み、何代にも亘って町から離れ暮らしていたが、今では町に戻った原住民も多く、チチカカ湖の観光業や漁業に勤しんでいる。プーノの桟橋より観光ボートで、心地よい風を受けながら約40分かけてウロス島へ向かう。島と云ってもトトラと呼ばれる葦を積み重ねた「浮き島」である。トトラの群生する中に大小合わせて40程の島があり、そこに700人が生活しているらしい。大きな島には教会や学校もある。インディオの中でもこの辺りはウル族が多く、湖に生息する小魚を取ったりしていたが、今では外来種の鱒の養殖も出来ている島もある。野菜畑や牛なども行われている島もある。