古代エジプト文明の旅

<はじめに>

 1970年代に一度だけエジプトに立ち寄り、ギザとサッカラのピラミッドだけを見たことがある。

 今回は、以前には行けなかった、ナイル中流域のアブシンベル神殿やルクソールへの古代文明遺産を訪ねるツアーに参加した。2年前にも計画したが、2011年のエジプト革命以降の政情不安から断念した。今は治安も良くなったとの情報もあり、西遊旅行社の企画したツアーに参加した。

 そして、旅程は、概ね、新王国遺跡から古王国遺跡へ遡る旅程だった。

 カルナック神殿で圧倒されるのが大列柱室。100mx50m程の部屋に134本の巨大な円柱が立ち並んでいる。直径は3m以上もあり、高さは15〜21mもある。全ての柱にはレリーフが施され、柱の上部には色彩も残っている。

 この神殿はファラオを守るアムン神を祀る。そのために、以降の歴代ファラオも聖地として崇め、多くのオベリスクや神像などを寄進した。
 神殿入口までの参道には羊頭のスフィンクスが向かい合って並び、この参道は約3キロ離れたルクソール神殿までを結んでいた。現在、その寸断部分は発掘中で、いずれはふたつの神殿はこの参道で結ばれると云う。

 ドーハから3時間半でルクソールに到着。現地時間は23日の午前10時で、現地日本語ガイドと一緒に早速、ルクソールの観光に出る。

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 最初に向かったのはカルナック神殿。この地を首都テーベとして栄えた新王国時代は古代エジプトが最大版図となり、帝国時代と呼ばれた。この神殿は中王朝時代(BC1950年頃)に始まったが、次第に造りは大規模になり、新王国時代・18王朝のセティ一世(没BC1279年)とその子ラムセス二世(没BC1212年)の時代にはこの神殿はエジプト最大規模になった。

<第1・2日目:1月22・23日(木・金)>

 大列柱室の先には中王朝時代のトトメス3世(没BC1425年)の祝祭殿があり、色鮮やかな天井石が見事だ。初日にして、早くもエジプトの規模の大きさと数千年の時間軸にロマンが膨らむ。

大列柱室

 成田からカタール航空でドーハへ向かい、乗り替えて、ルクソールへ入る。ドーハ空港で始めて時間をすごしたが、多くの店舗とインターネット設備や子供の遊び場などもあり、豊かな経済力のある国のハブ空港としてなかなかのものだ。

炎天に鳴くか羊頭スフィンクス

トトメス3世の祝祭殿の天井

 サウディアラビアのアブダラ国王の死去が待合室のテレビでは繰り返し伝えられている。ISISによる日本人の人質に関する報道は見る事はなかった。

日盛や列柱の間の小さき我   神殿の片陰を行く黒衣装   崇めしは糞転がしの黄金虫

カルナック神殿の塔門への参道

スカラベの像とトトメス1世とハトシェプス女王寄進のオベリスク

遠足の子らアラブ語のタブレット      王死せり待合室の冴え返る

 昼食は、これ以降も似たりよったりが多かったが、漬物やゴマのペーストと羊や牛や鶏のミックスグリルなどが出る。モロヘーヤスープはここだけだった。昼食に酒は全てのレストランに無いので、ノンアルコールビールを頼んだ。