葡萄畑を抜けて次に向かったのが、ブラガ郊外の丘に立つ巡礼者の祈りの場、ボン・ジェズス教会。1722年から89年をかけて完成した。バロック様式の美しい階段をジグザグに登り、頂上の教会へ辿りつく。途中には五感の階段、三コ(信仰・希望・博愛)の階段と呼ばれ、各階段には泉がある。敬虔な巡礼者は祈りを唱えながら膝で階段を上る。途中には10の礼拝堂がある。最後の踊り場はモーゼス広場と呼ばれて、巡礼者に祝福を与える様に花壇庭園となっている。身体の利かぬ人は、動力を使わず水の重さだけを利用したケーブルカーが階段の横にあって、安直に上る事も出来る。我々は上から下へ巡礼者とは逆に下った。

時差ぼけの腹にやさしき春キャベツ

嗽するがにペリカンの大噴水

 天気予報では明日は雨模様とか、ポルト観光を歩いて回るのもかなわないので、ドライバーお願いして午前のポルト市内観光を100ユーロで予約した。

 ポルトのホテルへ戻って、まだ日の高いポルトの繁華街を歩く。夕食をするつもりだったが、前日の長時間の移動と時差からの疲れで、食欲が湧かない。ショッピングモールでアイスクリームを食べて、そのままホテルに戻って一気に爆睡した。

<旧大司祭館の裏のイタリア・ルネッサンス様式庭園>

<市庁舎前広場のペリカン噴水が見える>

 昼食後はブラガの市街を歩く。かつてケルト人の居住からローマの属領として栄えた。その後、3世紀になるとローマ帝国の国教となったキリスト教が入り、この地域全域に広がった。ローマ帝国に侵入したゲルマンや西ゴートの支配を受けてもキリスト教は普及する。6世紀にムーア人に破壊される事もあったが、やがて、12世紀には大司教の座が置かれ、政争絡みのサンチャゴ・デ・コンポステーラの大司教との対立も乗り越えポルトガル王国の誕生となった。その後、宗教都市、祈りの町としてブラガは大いに繁栄し、16世紀には大司教の力は王を凌ぐ程だった。この街にはそうした長い歴史が重層的に見られる。
 旧大司教館と隣接するサンタ・バルバラ庭園はイタリア・ルネッサンス様式として美しい花で整えられていた。残念だったのは、祈りの中心である礼拝堂の内部へは入らなかった。多分、時間の関係だったのだろう・・・・

<レストランは気さくな夫婦が仕切っていた→>

 ブラガの街で遅い昼食。ガイドが推薦する小さなレストランで(BEM-ME-QUER)で地元料理を楽しむ。
ポルトガルの風習なのか、席につくと、パンと生ハム・チーズ・コロッケなど数種の前菜の皿が出される。食べたくなければ、注文時に皿を引き下げてもらう。全てこれらは別料金なのだ。我々は生ハムとパン以外は下げてもらい、千切りキャベツスープとポテトとオリーブと子羊(?)煮込みを、三人で取り分けながら最初の注文食事を堪能した。
ワインは地元ミーニョ産の完熟前の葡萄から作られるヴィーニョ・ヴェルデから、レストランの主人が料理に合わせて選んだ。


<ボン・ジェズスの階段と花に囲まれた教会>

街道や青き葡萄の畑つづく

白蝶やジグザグのぼる巡礼路       天使らの目鼻耳口より噴井


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