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 クロアチアの国立公園に指定されているプリトヴィッツェ湖群は、大小16の湖と92か所の滝を持つ。山間から流れ出てくる水が標高636mから503mまで、およそ8kmにわたって南北方向に流れる中で形成されており、上流の湖群と下流の湖群がある。一帯の地質は主に白雲石と石灰岩からなり、このことが際立って特徴的な景観が生まれる素因となっている。湖群は石灰質堆積物の自然のダムからできている。植物片を混じえた堆積物は年々積み重なり、年1cmの割合で堆積物のダムが高くなっていく。(ウィキペディアより)

風青し異人の吾と話す子等

最初に会った78メートルの滝、この滝壺の虹も良かった

木道を行く

日本のCM撮影隊と出会った

豊かな生態系↑

 途中で、野村関連会社のCM撮影隊と出会い、ボスニアからの少年たちと言葉を交わし、近くの保育児の団体と舟で一緒に乗った。そんな人との出会いも楽しい。

真清水のゆるき流れの魚影かな

 多くの滝と湖沼はまさに水の絵巻と言うべきで、清涼な空気、そして、現れては消える虹などが木道を歩く人を楽しませてくれる。水中の鱒、脱皮した蛇、蛙の声、そして、草花とも間近に接しられて、自然の豊かなさを感じる。

 プリトヴィッツェ川は森の中を縫うように蛇行しながら棚田の様な高低差を流れ、コラナ川との合流点では78メートルの滝が見える。そこから、木道を歩きながら、新緑の木洩れ日を浴びて、躍動する水の世界を楽しむ。

ボスニアからの修学旅行生

 クロアチア政府は観光価値を鑑みて、紛争後のこの地帯の地雷撤去には最優先課題として取り組み、『世界危機遺産リスト』から外された。そんな近過去の出来事があったとは信じられないように、今は美しい湖群の姿を取り戻している。

いく条も水を落して峪の虹

 19世紀後半には景勝地として脚光を浴び、多くの観光客を集めたが、1990年代のクロアチア紛争で、ここも『世界危機遺産リスト』に登録された。
 1991年、クロアチアから更に分離独立を目指すセルビア人がここプリトヴィッツェ湖群を占領し、これを起点としてクロアチア紛争が始った。4年に及ぶ凄惨な戦いが続いたが、ここをクロアチア政府軍が制圧した1995年にクロアチア紛争が終結したと云う。その間の紛争で、クロアチア人とセルビア人の間で激しい戦闘が続き、その怨念は今も残っていると云う。
 「クロアチアのバスを仕立ててセルビア観光をして石を投げられ、落書きをされた」と添乗員がそっと話してくれた。我々のバスはスロベニア登録でスロベニアのドライバーだった。

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