12月8日

 この日は真珠湾攻撃の日だ。日米戦争は遠い記憶になってきたが、ラオスも巻き込んだベトナムの対米戦争が終結して未だ30余年しか経過していない。その後も、カンボジアへの侵攻、中国からの侵攻などが続いた。しかし、朝のハノイ旧市街は既にそれらは忘れ去られたかのような賑やかさだ。
 ベトナムに立ち寄った主目的はハロン湾を観光する事で、これは、旅行社よりの提案を享けてジャンク舟での一泊クルーズを選択した。
 我々が乗りみ中の僅かの時間に、ホテル前で迎えのミニバスが交通警察に捕まった。早朝の雑踏の中で、この車種の駐車は違反らしい。ハノイ下町は狭い道路に、通勤の車、バイクがひしめきあっている。歩道も露店の準備なのか、三角帽子(ノン)の女性たちが天秤棒で野菜や果物を運ぶ大変な混雑だ。バスの駐車禁止も頷ける。
 目指すハロン湾はハノイから160キロの行程だ。ハノイの人口は600万人で、その密集度は郊外にまで伸びている。ラオス一国の人口とほぼ同じだ。海外からの工場を誘致し、農地が工場へ替わりつつある景色が続く。日本や中国企業の投資が多い。農民が立退き反対闘争の現場なども見えた。それでも郊外を抜けると、アヒルの飼育池や枯れた田んぼに農耕用の水牛が遊んでいた。時々、田の隅にカラフルな墓地が置かれている。葬儀にも出会った。そんな窓外の景色を見ながら、三時間強を走って、ハロン湾へ到着した。
この舟から子安貝を買った
竹で作った舟が水上村の足になる 
ハロン湾のクルーズ観光船
 クルーズ船が停まる観光スポットには、貝殻などの土産を乗せた竹の舟が売りに来る。子供も乗せている舟も多い。
水上生活をしている村を竹の舟にのって見物した。女性の船頭が棹を巧みに操りながら、我々4人を乗せて水上漁村を巡ってくれた。一見だけで知る由もないが、カンボジアのトンレサップ湖に比べて臭いが無いのは、海上だからかも知れない。漁業とこうした観光を生業にする人たちは、海洋民族のチャンパの血を継いでいるのか?
 乗船して間もなく昼食となる。このベトナムの料理は貝やエビなどを見栄え良く皿に盛って、味も申し分ない。昼食を終えて、甲板のテーブルでコーヒーやお茶などで寛いだ午後の時間を過ごす。小さな漁船も時折見える。 

やがて、ある島へ近づきそこから小舟に乗り替えて鍾乳洞へ向かう。島では石段を昇り降りして巨大な洞穴に入れば、そこは見事な鍾乳石や石筍が灯りに照らされている。それぞれの形に猿とか亀とか名前が付けられているのは日本や中国も同じだ。
 晴れてはいるが、薄い霞がかかり、それが幽玄の世界を思わせ、まるで桃源郷へ向かう心地だ。晴れ上がるのは夏で、この時はベトナム国内からの観光客が多いそうだ。
 ベトナムの3500キロに及ぶ海岸線の中で、最も魅力的な自然景観と愛でられるここハロン湾は、3000を超す石灰岩で出来た島々が、トンキン湾のエメラルド色の海面から顔を出す壮大な景観を有し、1994年に世界遺産に登録された。
水牛親子と彩色された墓
「その後のサファリ」のTOPへ     back     next    HOMEへ

この空はかつていくさ場冬日燦      冬凪やトンキン湾を考える

島々は龍の鱗か冬霞む          暮易し貝を売り来る母子舟

赤セーターの女手漕ぎの野菜売り     村ひとつ南海に浮く年の暮
クルーズ船の甲板に飾られたクリスマスツリー
石灰岩の島々には鍾乳洞が多いが、人が入れる場所は少ない
 戻ったクルーズ船ではクリスマスの飾りが準備されていた。9時を過ぎた頃に錨を下ろしたジャンク船の灯りが静かな夜の海に映し出されて揺れている
気の毒に・・交通切符を切られた
蒸した貝は絶妙の味、そして、飾り
 正午にチェックイン後、小型ボートを介して、ジャンクの形をした観光クルーズ船へ乗り込む。24部屋を有する三階建ての大型ジャンクで長さ55m幅11mとカタログに記載されている。この日は6部屋の利用客だけだった。アメリカ人夫婦、スイスから2グループ、会話しなかった夫婦、それと我々の2夫婦だ。