朝食後、島を離れ、ボーラウェン高原へ向かう。標高1200メートルの広大な高地は、多くの川が交わり、また風光明媚な滝が複数存在する。気候は、最低気温が10℃、最高気温が30℃と冷涼な気候であるため、雨期と乾期を問わず野菜栽培が可能であるという利点を持ち、周辺地域ではキャベツ、コーヒー、じゃがいもなどの生産が盛んで、ラオス最大の野菜生産地となっている。また、内戦中にはホーチミンルートが敷設されたこともあって、アメリカ軍の猛爆にもさらされた。

国道23号の途中で、椰子の葉を葺いた小屋で日用の刃物を作っている山岳少数民族の鍛冶屋に寄った。家族総出で包丁や鎌などの日常品を叩いていた。そのハンマーを叩く台は、なんと爆弾のケースを加工したものだ。
高原へ登り坂が続く内に、車の調子が悪くなったのか、何度か路肩に停め、ドライバーがエンジンルームを覗いている。最初の目的地の茶畑にはなんとか辿り着いたが、そこで別な車に乗り換えた。車を待つ間は風の心地よい茶畑を散策する。この茶園産のお茶はラオスの土産物屋でよく見られる。

乗り換えた車はドライバーも代わって、次の目的地、タートファン滝へ向かう。山の中腹から2つの川が落差120メートルの滝を形成しており、ラオス有数の美しさを誇る滝だ。

更に国道23号線の先のタートユアング滝もすばらしい。ここは落差42メートルではあるが、滝壺の近くまで行くことが出来る。水しぶきが激しく、途中で諦めた。

昼食後、コーヒー農家を訪ねた。庭一杯に3〜4畳サイズのシート7枚を敷き、毎日収穫したコーヒー豆を七曜日に合わせて乾している。一週間干して出荷する。
 このボーラウェン高原は涼しい気候を利用した世界的に主流のアラビカ種コーヒーの産地だ。ラオスのコーヒーの歴史は、1915年にフランスの植民地統治者によって始まり、長年の試行錯誤により、1930年代から軌道に乗り始めた。
 ラオス南部の観光はここまで、空港へ向かう時間調整で、地元の土産屋へ寄ってもらい、また、コーヒー農園直営のカフェで時間を楽しんだ。 

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ラオス王族の踊り

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夜祭の過ぎた朝、ゲストハウスの前には未だその余韻が残って、明るさに戸惑うように人々が立ち振舞っている。今日も祭が続くようだ。メコン川で身を清める人もいる。しばらくすると、川を遡る様にドラゴンボートが次々と現れる。今日はドラゴンボートのお祭りが行われるのだ。赤や黄色のユニフォームを着た10人程の漕ぎ手が赤旗の浮きの間のゴールへ掛け声を合わせて向かう。本番前の練習らしいが力強い。予期せぬ出来事に旅の余禄を得た気がする。

コーヒー豆とそのの天日干し

飛行機は時間通りに16時半に出発して、北部ラオスの観光拠点ルアンパバーンへ飛び立った。

このラオス南部の観光を組み入れるには、(今にして思えば)祭による宿の予約の困難さに加えて、パクーセ空港の閉鎖問題もあった。11月まで閉鎖して、また、1月からも閉鎖するらしい。空港拡張でフランスの建築コンサルタントと政府関連が共謀して手抜き工事をした事が発覚したらしい。そんな中で際どい旅作りが出来たと思う。

ルアンパバーンでは現地の日本人が観光と併せて運営しているレストランで伝統舞踏を楽しみながらの夕食へ招待してくれた。日本旅行社からここを通じてホテルの予約がされた。

ホテルは「3ナーガス」、すなわち、「3匹の蛇神」と云う名前の高級ホテル。このホテルの選定は実に良かったと翌朝後になって分かった。

タートユアング滝
タートファン滝
メコン川の夜明けにドラゴンレース

竜舟の競うメコンや年流る 


水煙の逆巻くクメール冬の滝 


炭火吹く鍛冶の山岳族女房 


あたたかき冬やコーヒー豆の房