12月4日
一泊二日のラオス南部観光を求めて、早朝のラオス航空便でビエンチャンからパークセへ飛ぶ。
この観光の目玉はプリ・アンコールの世界遺産、ワットプー遺跡だ。
7時30分の早朝便なので、ホテルは朝食のボックスを用意してくれた。それを空港待合室で食べる。飛行は75分で、航路は概ねタイとの国境をなすメコン川の流域の上空となる。プロペラ機だから高度は低く、窓外には南国特有の薄い靄のような下に村落が続く。大きな街は見えないが、曲がりくねったメコンとその支流、それに沿うように緑の中に地道が細く見える。赤いアフリカ大地とは異なり、また、どんな所にも人の営みを感じさせる。
パークセ空港には旅行社ガイド氏が、ここもミニバンを用意して待機していた。
空港からパークセ市内を抜けて、国道13号を下り、そこからそれて、フェリーでメコン川を渡り、約90分かけてワットプー遺跡へ移動する。
メコンを渡るフェリーは二艘のボートを並べて、どに甲板用の板を渡した簡単な代物で車が7〜8台程で一杯になる。水位が高い雨季には川幅が増えるのか、フェリーの甲板から2〜3メートル四方の板床を更に岸へ渡す。その上をゆっくりと川へ落ちないように車が乗り込む。上陸する時も同じだ。生活物資を運ぶ業者のトラックや、屋上に荷を溢れんばかりに積んだ中型トラックを改造した定期バス、そして観光ミニバスが対岸を目指す。ゴム草履の青年が操舵する。その横に座って観察すれば、心もとないフェリーの作りだ。安全基準などがあるはずがない。自転車やバイクだけを乗せた小さなボートも営業し、川を渡っている。兎にも角にも、このフェリーを使って対岸へ渡る。
しばらくして、チャムパーサック王国の都を通過した。この王朝は現在のラオス南部で1713年から1946年にかけて存在していた歴史上の王朝。一時はビエンチャン王朝とルアンパバーン王朝とラオスの覇権を争う程の勢力を持っていたが、今は鄙びた村の様に寂しい。







ようやく到着したワットプー遺跡はチャムパーサック王国より古く、11世紀のクメール王朝時代にヒンドゥーの都城として建立された。クメール王朝の滅亡後も信仰の対象として現在まで仏教寺院として大きな破壊は免れた。この壮大な寺院を中心とした様式はアンコール・ワットへ継承されて行った。2001年にはラオスで二番目の世界遺産として登録された。
リンガの石柱の並ぶ参道から山の斜面に沿うように宮殿やテラス、歩廊などクメールの寺院遺跡が続く。石段の左右にはラオスの国花のプルメリア(チャンパ、或いは、フランジパーニとも云う)が咲き満ちて強い香りを放っている。
最も高い山腹の本殿は小さな祠の様な感じだが、四面の石壁には神々のレリーフが細微に彫られて、その溢れる躍動感は見事と言う外はない。本殿の周りにも象、ワニ、蛇などが彫刻された大きな石が転がっている。人身御供の儀式に使われたとか云われるが、学者の想像の域らしい。

本殿へ崩れ石段冬の蟻
対岸は外つ国メコンの冬落暉
一灯もて炭火の強き屋台かな

目的のメコン川に沿う町では大きな祭があった。街へは交通遮断されていたが、宿へ行く事で許され、川を一望できる瀟洒なゲストハウスへ到着する。夕食する場所を探しに川べりを歩いたが、道は夜店で埋まり、広場には俄か作りの飲食店や遊び場もある。夜店には射的や串焼肉など食い物屋、玩具や駄菓子屋など、テントの店はどこも混んでいる。大勢の人で大変な賑いだ。今回のラオス旅行で最も活気があったと思う。
メコンの対岸から満月が川面に長い光の筋を此岸へ映して昇り始めた。この祭、きっと満月に合わせているのだと思う。この騒ぎは深夜になっても止まない。ゲストハウスはそんな祭の真ん中にあるらしい。拡声器からの歌と司会の音響や、部屋のすぐ横の道行く人達のお喋りを耳にしたまま、まどろんだだけの朝を迎えた。朝食付きで一人2500円の宿では防音など望むべくもない。


宿はメコンの島々の中でも最大のコーング島に予約した。
再び筏のような簡易なフェリーで日の落ちかける島へ入る。
途中の道路脇でビーフン作りを見て、砂糖椰子から砂糖を作る場所に立ち寄って、それぞれプリミティブな製法を見る。砂糖椰子の芽の切口から樹液を一晩かけて溜め、それを煮固めた砂糖は混じりけなしの甘さで色々と料理にも使える。これは普通の土産屋では手に入り難い。


咳すれど夜っぴて騒ぐ異国の地
昼食はチャムパーサックのメコン河を望むゲストハウスの食堂で済まし、再び、フェリーでメコンを渡り、国道13号から、4000の島々を意味するシーパンドーンへ行く。その島々を縫うように滝が形成されている。コーンパペンの滝は中でも川幅が300メートルもあり迫力十分だ。タイやマレーシアからの観光客も多いらしく、土産屋や食堂なども充実している。