<土木的遺産としての大覚池>
大覚池は建長寺創建当時から境内治水のため、調整池として設営された土木的施設と想定できる。延宝6年(1678年)絵図にも庭池として存在している。
次の諸点が想定される。(地等高線の読み取りから)
@山門のレベルが標高52mで、ため池の最高オーバーフローに設定されている。
A山門のレベルから2〜3m下りたレベルが常水面で、その落し口から山門下の水路壺に放流される。
B回春院建物や背後の墓は56mレベルに設置され、調整最高水面より4mほど上に位置している。
C現在も調整池・ため池として十分機能しているが、常水面での貯留水の量は低下している。


<幽谷谷戸図面(上)とその一部の断面図>