大渓谷と奇岩の旅ーW
翌朝しばらくは、キャニオン沿いの朝の観光を楽しむ。
朝の光に映えるキャニオン北壁が耀いている。夕日とは違う趣で次第に明るさを増す。
64号線へ再び戻り、インターステート40号線を飛ばして、93号線で北上する。
障害物のほとんどない退屈な礫砂漠の直線一本道で、ついついスピードが上がる。
違反が多いために、時折り警察がヘリを使って巡回している。
退屈による疲れとは正にこの時に感じた。
後部座席の子供達はそれぞれのおもちゃで遊んではいるのだが、、
やがて、コロラド川に建てられたフーバーダムへ到着する。
アリゾナとネヴァダの州境にあり、高さ221m、幅379mのアーチ型ダムで、このダムの中央で時差が一時間変る。
1936年に完成し、時の大統領の名を後から冠した。
ダム湖はレイク・ミードでその貯水量は琵琶湖の1.5倍近く、日本の全ての発電用ダムの貯水量の1.7倍ある。
時間が遅すぎて、ダムの見学ツアーには参加できなかったが、水力発電の巨大な佇まいと、砂漠の中の人工湖にアメリカの豊かさを見る。
この日は再びラスヴェガスで泊まる。賭博とショウとで成り立つ砂漠の中の町、夜の灯りはフーバーダムの水力発電でたっぷりと朝まで続く。
子供はカジノへ入ることは禁じられているので、我われも夕食ついでに、スロットルマシンやルーレット、ブラックジャックの卓を遠くから眺めるだけにする。
ここでは、宿も食事も比較的安い。カジノの利益が町を潤しているのだろう。ネヴァダ大学にはカジノ専門コースもある。
子供も楽しめるショウ「サーカス、サーカス」を見てから、旧市街のカジノ場の光を浴びる。私はCEショウ(家電展示会)で何度もこの街を訪問しているので、家族に合った場所を探すのに苦労はしない。
面白いのはWedding Chapel。
ネヴァダ州法では、簡単な手続きで結婚離婚が出来るらしく、結婚式が多いのだ。街のそこここの小さな教会がネオンをちらつかせて飛び込み挙式を誘っている。
日本でのチャペル付きの結婚式場の簡易版なのだ。
夕食はアメリカンステーキを食べて早めに休む。
翌日は「死の谷」Death Valleyへ行く。乾燥した砂漠で人が決して住むことが出来ない、過酷な夏がある。真夏は摂氏50度は普通とか、米国での最高温度、華氏134度(摂氏56度)を記録した言う。
車でも夏は谷へ入るのは危険なのだが、幌馬車で西海岸を目指した開拓者たちの最後の難関だった。
ゴールドラッシュのカリフォルニアへ近道を狙ってこの谷に入ったまま、暑さと水欠乏で何人も死んでしまったことからこの名前の由来がある。
冬は快適なのだが、涸れた川や亀裂のある丘などの景観が異様な雰囲気を醸しだしている。
最も低い場所は海抜マイナス200mの低さで、塩が遠くに残っているのが見える。
案内センターにはそれまでの歴史やガラガラ蛇やトカゲなど過酷な砂漠の生き物などの標本が展示されている。
この季節でも訪れる観光客は少ない。
Death Valleyからは真っ直ぐにロスへ戻り、その晩は久々に日本食を取ってゆっくりした。
翌日はリトル東京などを見物したりして、空港へ行き、レンタカーを返却する。走行距離は2200マイル(3500キロ)となっていた。
空港ではクリスマスの帰省移動で大混雑だった。
<フーバー・ダムで>
<ヴェガスの旧市街>
<冬の死の谷>
<死の谷にて>