エッセイ:象との対峙
車で巡る自然動物を観るサファリは、すばらしいロマンと冒険を与えてくれます。五年強、タンザニアで生活しましたが、さまざまなサファリを堪能した中で、はぐれ象との対峙は忘れられません。
この時は、二家族でそれぞれの車に分乗して、タンザニア、ケニアを三週間かけて走った中でおこりました。
木登りライオンのマニヤラ湖、後に世界遺産となったンゴロンゴロ、同じくテレビなどですっかりお馴染みのセレンゲッティへ入ります。自然動物の宝庫です。
その日は晴天で、いつもの様に、私は前を走り、友人の車は私の車の砂塵を避けて遥か後ろを走っていました。車の前方に道を横断しようとする雄のはぐれ象を発見し、静かに横切るのを待っていましたが、突然、車に向かって突進してきました。そして、車にぶつかる直前で止まり、耳を煽ったり、鼻を振り投げてきたり、脚で埃を立てたりの威嚇を始めたのです。車の窓をしめ、エンジンや八ミリカメラも止め、子供の口を押さえて、音が漏れるのを防いでいましたが、これはとても長く感じられた時間でした。しばらくして、象は車が敵でないことを知ってか、道を外れ始めました。
やれやれと思った時に、遅れてきた友人の車が到着。それを見た象は再び戻ってきて、更に動きの激しい威嚇を開始しました。びっくりした友人は、車を後ろに回して逃げる体勢を取りかけました。これには、私もびっくりして、車内から動かぬようにと頼む合図を送り、ようやく、状況を理解して、友人車もエンジン停止しました。しばらく待つことで、ようよう象も気を静めて、われわれから立ち去る動きを示したので、互いに手信号で合図して、二台同時にイグニッションを入れて、前方と後方へ分かれて疾走しました。エンジンを噴かすこの時は、最高の緊張でありました。後で、友人は、「前の車はやられる」と覚悟したと言っていました。
家族と一緒の時の象は子象にさえ注意すれば、ゆっくりとその動きを見物できます。しかし、群れから離れた、はぐれ象は気が荒く、要注意です。
この象との出会いの後、タンザニアから誰もいない簡単な国境を越えてケニアへ入り、紅茶やコーヒーのプランテーション、フラミンゴのナクル湖、ケニア山、赤道を越えてケニアの首都ナイロビへ。更に、マサイ・アンボセリから裏のキリマンジャロを見て、自宅のあるダルエスサラームへ走りました。赤道を交錯して走った、このサファリは走行距離三千キロで、砂埃の中を若さに任せての馬力で走りました。
今でも、この象の貌と眼は忘れられません。きっと、今でも元気でどこかの群れを率いているかもしれません。
<写真の象は穏やかです>