句集「縞馬」:日本のサファリ<2011年(平成23年)―6>
早朝の海ほたるから千葉方面
大船の白衣観音
2011年、波12月号:編集後記
先月号で武田志摩子さんの句集「菊日和」、今月は山口あや子さんの句集「福寿草」の特集を組みました。それぞれに過ごされた人生が凝縮されて、俳句による「私の履歴書」です。読まれた方の反応や印象も実に様々で、僅か十七音を記した文字を通して作者と鑑賞者が共鳴する。そして相通じ合う世界を形成すると言えば大袈裟に過ぎるでしょうか?
過日、ハワイはオワフ島の霊地を巡りました。ハワイ語には文字が無かったので、口伝による神話と、それらの物証らしき遺跡は残っています。神々が宿る石や一夜で築いた土塁などの説明が英語で成されています。今は消滅の危機に瀕したハワイ語の復興運動もありますが、伝承出来る人の高齢化でままならぬとか・・祖先の知恵を広く、そして後世に残す事の出来る文字の力を感じました。
らいらく12月号
(報道の温度差)
リビアのカダフィー殺害報道ではメディアの突っ込み具合に温度差を感じた。英国BBCはその日に大佐が引きずり出された排水溝へ取材記者が直接飛びみ、米国ABCは記者を映さず同じ映像を流していた。NHKの記者は遠く離れた首都トリポリから、日本の民放の多くは数日後に情報を整理しての放送だった。遠い国とは云え、日本の報道は現場から離れ過ぎている。フリーライターから記事を買っているのかも知れない。因みに、カダフィー大佐と私は同じ齢です。
盆栽の小さき大樹や散紅葉 相対のカラスの群と鴨の陣 避難地を探す氷雨を俯瞰して
子ら投げる綿で仕上げる聖樹かな 円卓や話も廻る忘年会 一輌にドアが十二の寒さかな
駅伝を待つ箱根路の年用意 ジーンズの女園丁落葉焚き 億年を秘めて冷たき石の紋
天金の古書の重さや煤払う 裸木の残り葉をもて羞らひぬ 極月や角曲り来る妻の声
露天湯や闇の奥から細雪 窓越しの闇に湯浴みの雪女郎 クリスマス明けてたちまち町変る
往還の途切れぬ車灯去年今年
気骨あるアルツハイマー冬立てり 長崎の坂どこまでも片時雨 幼子の手にアイパッド文化の日
カダフィーと同い年です煤払う 立場上言えぬ事あり狸汁 ぶた鋤に替えてユーロの話など
縄張りは三次元なり冬の蜘蛛 釣果なきカワハギ談義する夕餉 靴底の見えぬ穴から冬の雨
湘南シーサイドの一番ホール