もがり笛呼びて加速の雲一朶

 冬日赤し矢切の渡し最終便 

 満月に隠れとほして烏瓜

 手児奈入水は若き決断水澄めり

 老猫の引目鉤鼻冬ぬくし

 傍観も怠りのうち懐手

 義清(のりきよ)と呼ばへば応と西行忌

 古稀過ぎて軽挙は今も花八つ手

 対岸は雨の萌え色佃島

 目が合ひて焚火の海女の遠会釈

 探りてはならじ地虫の出でし穴

倉橋羊村句集『打坐』たざ  角川俳句叢書21  2005.12.26刊

花辛夷月夜となれり隠れ谷

 春めくや双眼鏡の中の鳶

 致死量も微量を競ふ桃の花

 四万十川の水位貰ひて田を植うる

 雲眩しとて面伏せの石蓴採 

 横臥位の子規の目線や青糸瓜

 からたちの空へ遊び芽水子仏

 どんな死となるやわが身の末おぼろ

 乗つ込みて空より山の大やんま

 遠山の白き夏帽より暮れて

 凌霄をその気にさせる風ならず   

鵜篝の真つ向迫り来て迅し   錦帯橋鵜飼 六句

遊船の一斉拍手鵜を鼓舞す

 鵜の吐ける鮎船中に跳び込めり

素掴みの鵜の首撫でて撈へり

 女船頭遊船の艫に仁王立ち

 山頂の電飾天守鵜飼果つ

遠景へ退くひとり日傘婆

 曳売や勝手鳴りして江戸風鈴

蝉の殻透く究極のリアリズム

 思ひきり曳かれ不興の烏瓜

 絡みあふもつてのほかの凌霄花

 見られつつ総身羞づる穴惑 

 身を委す他力が終の道元忌

 飛ぶ虫を空中捕食秋つばめ

 落人長(おさ)またぎと馴染む沙羅の花

 雷鳴の擬音江戸村忍者劇 

 呉須の絵や涼しき榻の李太白 

 霧深き赤松ばかり隠れ里

 秋蝶や礎石整然一乗谷

 露けしや出土品みな火を被り

 道元の真筆燈下親しめり

天童寺に似し石階や時雨聴く

滝作務に雨降るどうせ濡れついで 

秋澄むや坐禅ひととき宝慶寺

普賢岳荒惨のまま緑濃し    天草二句

 殉教の惨劇まざと灼け河原

 月山が樹上に覗き明易き 

 秋深き声の一つに狂言師

 菊人形菊師が並び撮らるる世  

 甚平と作務衣相席山菜飯

 且つ散れり風吹き起こる紅葉谷

 滑降ぶり見よと眼前朴落葉 

 川合ひてゆるむ流速冬紅葉

 通草割れつられ笑ひの円空仏

 老犬曳く人も白髪冬渚 

 淋代や同齢若き夏帽子   藤木倶子

ほうきょう


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(平成14年)