

春時雨崩れ煉瓦の鉄格子
囚人と看守拮抗冴え返る
六日目、タスマニア島のホバート・ポートアーサーへ
10月13日、メルボルン空港でレンターを返し、9時の便でタスマニア島のホバートへ向かった。
レンタカーはHerzが8人乗りの車を用意していてくれた。
実は、タスマニア島の過ごし方については、ここに在住して、旅行業をしている日本人をネット検索で見つけていた。何回かのメール交信をして、我々の日程に合わせて、旅程を作ってもらっていた。レンタカー、ホテル予約もAS$100(約7000円)の手数料で全てお願いしてあった。お蔭で、島内を効率的なドライブが出来た。
タスマニア島は北海道の8割程度の島で人口約50万人、大陸の東南端に位置する。19世紀まで、流刑者が英国より豪大陸や他の植民地へ移送されて来たが、そこで、再犯した者をこのタスマニア島に送られた。
飛行場から直接に、その囚人をつないでいたPort Arthur遺跡へ向かう。これまでは好天に恵まれていたが、この日は荒天となった。枝が折れて飛びかう嵐の中、遺跡に到着した。ところが、この嵐で施設が停電になり入れない。日曜日でもあるので、観光客が大勢いて、暗い施設に足止めされている。しかたなく車で、近場を回ったりして時間を過ごす。一時間ほどで、停電は復旧したようで、我々も、ここでの遺跡見学をする。
年代的にこの監獄は1830年から1877年まで機能していた、日本では幕末の頃の施設で、そこに送られた人達は男のみ。半崩壊されたままの獄舎の遺跡が強い雨に打たれて一層の侘しさを感じる。犯罪人もそうだが、看守として、派遣された人達へも同情したくなる。遠隔地への赴任の辛さである。