函館・奥津軽での年越し:2025年12月分31日〜2026年1月2日

 例年は浜名湖の舘山寺にて家族で年越しを続けていたが、常宿が買収されてインバウンドの客に重点を移したために、今回の年越しプログラムはクラブツーリズムのパック旅行とした。ツアー全体は35名以上だったが、我々10名はその中に参加した。

<1231日>

朝の東京駅818分発の北海道新幹線、はやぶさ号を利用、大宮から途中乗車の家族を迎えて、座席を回転して向かい合って、それぞれに持ち込んだ昼食の駅弁を広げての会食を楽しむ。津軽海峡トンネルに入るときには車内放送で「北海道と青森県間の海底を結ぶ鉄道専用のトンネル。最深部は240m、総延長54kmあり、構想から完成まで42年を要した難工事、海面下140mを年末年始には最高時速260Kmで通過」とのこと。

新函館北斗駅に1210分に到着。一面に雪の中に不釣り合いなほど立派な駅舎が聳える。

大型バスに乗り込み、左手に駒ヶ岳が眺められるが、山頂は雲で隠れて見え難い。函館七飯スノーパークの6人乗りゴンドラでの登頂を目指す。日本最長クラス4000mのゴンドラで標高1000mの山頂では見事な樹氷が華となっていた。子供たちには初めての積雪だったので、この白銀の世界を堪能できた様だった。粉雪の新雪なので、べたつかず、正に、北国ならでは雪なのだ。往きのゴンドラでは、日本語が上手なシンガポールと香港からの女性のツアー参加者と一緒だった。雪の無い国からのこの銀世界の印象は強い様だった。

 
   函館・七飯のスノーパークにて

蝦夷駒の剣を襲う吹雪かな                    真日あびてまばゆき白や樹氷林                           

深雪晴れ樹々美しく発光す                 鐘鳴らしここに在すと雪女


 下山して函館七飯スノーパークから函館山へ向かい、100万ドルの夜景を楽しむ予定だったが、乗る寸前に函館山山頂の設備が故障が原因で、ロープウェイが運休となってしまった。乗り場近くには異国情緒漂う教会が立ち並び、その界隈の雪で滑りそうな道を散策した。函館ハリストス正教会の庭にも入ったら、聖堂建物をぐるりと巡る回遊路があった。その一番奥に聖ニコライのイコンが看板の様に置かれていたのが異様な感じだ。 1860(万延元)年、初代ロシア領事館の付属聖堂として建立されたのが始まりで、正しくは「函館ハリストス正教会復活聖堂」。1861(文久元)年に青年だった聖ニコライがロシアから付属聖堂付司祭として来函し、その後日本で最初に正教会(東方正教会とも言う)を伝えた。彼は1872(明治5)年に東京に移り、日本全国で正教会の伝道を始めた。
 初代聖堂は1907(明治40)年に函館大火で焼失し、1916(大正5)年に二代目となる今の聖堂が再建された。
 聖堂内部では高い丸天井や当時ロシアからもたらされたイコン(聖像)やイコノスタス(聖障)が、聖堂外部では真白な漆喰壁や鐘楼と聖堂の緑青がふいた屋根に独特の装飾で据えられた十字架などが特徴と云う。
 隣接してプロテスタントの聖ヨハネ教会とカトリック元町教会もあり、雪の中に異国情緒を醸し出していた。

 大晦日の宿は啄木亭、老舗のしっかりとした宿で露天風呂で早朝からの疲れた体を休め、夕食後は家族10人が集まって歓談した。


    聖ヨハネ教会       函館ハリストス正教会       カトリック元町教会

              諸人よ年を惜めと風見鶏                             凍て月や八端クロスの頂点へ

<11日>

元旦は先ず函館八幡宮(函館総鎮守)へ初詣に行く。函館ではこの神社への初詣が多いとかで、参拝者の行列を覚悟したが、それ程でもなく、雪降る中を134段の石段を登り上げた。手水舎には氷柱が、狛犬は雪に貌を隠して、いかにも北国の初詣だ。参拝を終えお神籤を引いたりして気分は清々しい。


                           函館八幡宮の初詣

御社へ雪の石段まだ続く                               手水鉢の氷柱を避けて濯ぎけり

     狛犬の貌を隠して雪積もる                            大吉を連れへ披露の初詣

次の観光は海辺にある海鮮市場。吹雪の中を身を縮めて駐車場から市場へ向かった。元旦なので殆どの店が閉じていたが、一軒だけが我々の団体を迎えてくれた。暖房の店内で函館名物の烏賊、蟹、ホタテ貝などを眺めながら暖を取ることができた。この年は函館名物の烏賊の不漁とか、イカの燻製ものを試食する人も多かったが、宅急便を頼む人もいたので、商売は成り立ったのだろう。
 
 この後は、赤煉瓦倉庫街での昼食も含めて自由時間となった。金森赤レンガ倉庫は幕末からの歴史を持つ倉庫街で、業容は変化して、今ではイベントホール・レストランなどの店舗が入居する商業施設となっている。ここで、新規開店したばかりのラーメン屋「椿」で上質の味を楽しんだ。


               海鮮市場と赤煉瓦倉庫街

          雪霏々と明治煉瓦の倉庫街                           降る雪や昭和ポストの立つ街路


 函館での午後の観光は雪の五稜郭。展望台から眺めれば、雪で真っ白な城郭が眼下に広がる。雪の結晶の様にも見えて、しばし、その全貌を楽しんだ。展望台には五稜郭の興亡が分かり易く解説される展示もある。ここでは榎本武揚が英雄なのだ。展望台からエレベーターで降りて、雪の中を五稜郭内へ向かったが、猛吹雪の為に城郭の入り口から引き返した。

             展望台からの五稜郭         その入口

          結晶と見紛う雪の五稜郭                               地吹雪の声の巻き立つ五稜郭             

以上で函館観光は終了し、新幹線にて函館北斗駅から新青森駅へ向かった。迎えのバスに乗車して奥津軽の名湯・稲垣温泉の花月亭へ到着した。素晴らしい源泉で露天風呂を囲む石には雪が積もっている。食事もめいめいにお節料理が準備され、手の込んだ津軽の味を楽しんだ。多くの芸能人がこの宿に泊まった写真がロビーに貼られている。ただ、古い旅館で部屋は寒く、一階の部屋では畳の下から寒さが感じられる。ベッドに慣れた人には些か辛い。

          青森の駅舎ぽつんと冬田中                          雪霏々と風呂は露天の奥津軽             

<12日>

この日は津軽線のストーブ列車を楽しむ予定だったが、故障で動かないとの事で、代替えにストーブの付いた車輛でその雰囲気を体験する。移動は津軽線で五所川原駅から金木まで二両連結の通常列車に乗車した。車両に小さな本棚が置かれていた。

金木駅で再び同じバスに乗り込み、途中の道の駅「なみおか」に入り、そこで、自由に昼食を用意する予定が組まれていた。たまたま、新年の豚汁が振舞われていたので、それを食して身体を温めた。直ぐにこの豚汁サービスは底をつくほどの人気だった。我々は自宅に持ち帰る地元のリンゴなどを買った。


         津軽線・五所川原駅とストーブ列車のデモ      道の駅

          走らないストーブ車両スルメ焼く                 初乗りの車内に小さき本の棚

豚汁は無料二日の道の駅                         この辺り遺跡あるらし雪深し

道の駅からバスは八甲田山ロープウェイ駅へ向かう。雪の村から山道を登れば、見事な雪深い山や渓の景観が広がる。豪雪で名高い酸ケ湯温泉も近い。途中は殆ど車には出会わなかったが、ロープウェイの乗り場付近には多くの車が駐車していた。スキーを抱える客も多く、ロープウェイの待ち時間が90分との事、その長い行列の後ろに付いた。八甲田山とは主峰の八甲田大岳を中心に10余を数える山々から構成されている。その中の田茂萢岳(標高1320m)の山頂へロープウェイ約10分で到着する。

ようやくゴンドラに乗り込んで山頂に到着すれば、正に吹雪の中で、眺望はゼロ、山頂駅の近くには薄闇の中に樹氷がモンスターの様に立っている。寒さも厳しく、早々に山頂駅に戻り、ストーブで身体を温めた。


                    八甲田山ロープウェイの山頂にて

          烈風や樹氷は突とモンスター                        雪しまく八甲田山ふと墓標


           親へ子へ山の地吹雪襲いくる                      幼子は凍傷かもと抱き寄せる  

                         

     猛吹雪滑って転ぶ八甲田山(栞南)                 靴埋まる八甲田山氷点下(栞南)

誰もが少し早い目に下山し、そしてバスは新青森駅へ向かった。駅構内の売店などを眺めながら、酒と駅弁を買いそろえ、新幹線に乗り込んだ。往路と同じように椅子を後ろ向きにして、宴会風な設えを作って帰りの新幹線を愉快に過ごした。大宮で4人下車、上野で2人、東京駅へは4人とそれぞれに別れて旅は終った。

 
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