郡上八幡の2日旅(S41同期会):2025年11月12〜13日
この旅は須之内幹事長の意を汲んで「波」の石河さんが作った旅程に依った。今回の参加者は9人が名古屋駅に11時45分に集合した。参加できなかった名古屋の新美さんのご夫婦も見送りに来られて、旧交を温めた。ご丁寧に全員に土産なども頂いた。
小春日や八十路越えたる同期会
貸切バスにて名古屋駅を12時に出発し、賑やかな旅が始まった。最初の訪問は岐阜県の各務原航空宇宙博物館で、名古屋市街を抜け1時間ほどで到着した。
博物館の内外に航空宇宙に関する資料や実物、模型などを収集・展示し、大掛かりで面白かった。屋外にはYS-11などの過去の実機などが並び、館内にはライト兄弟が最初に飛んだ双翼機の実物大の模型から始まり、宇宙関連のものまで中々の展示だ。シミュレーションによる模擬飛行などもあった。遠足児等の訪問が多い様だ。

がちゃがちゃや天地逆転模擬飛行 宇宙服を着こむ幼子冬ぬくし
始まりは布の双翼枯野駆け
次に向かった大滝鍾乳洞はこれもユニークだった。大滝鍾乳洞は総延長2kmに及ぶ東海地区最大級の石灰洞窟で、現在は鍾乳石の発達した約700mの通路を公開だと云われる。洞窟内最深部には落差30mの地底滝があり、これに代表される豊富な水が今なお鍾乳石を成長させているらしい。ユニークな木製のケーブルカーで鍾乳洞の入り口まで登り、そこから、狭い鍾乳洞内を小さな灯りを頼りに歩く。結構な地下水が足元を流れ、そればかり気にしていると、鍾乳石に頭をぶつけ易い。さまざまな鍾乳石の造形がみられ、洞内最深部にある落差30mの神秘の大滝は地底の滝では日本最大級といわれる。40分ほどの入洞だった。

大滝鍾乳洞内の不動明王像 と 狭い洞内の径
山眠る胎に滝あり仁王あり 木の箱のケーブルカーや花芒
この日の宿は郡上八幡の積翠園。郡上八幡には温泉宿は無いとかで、部屋のバスタブを使って汗を流し、宴会場に集まり酒と料理を楽しみながら、江端宴会部長の仕切りで、各自の最近事情など順次に話して愉快な時間を過ごした。
旅行かば郡上八幡紅葉晴 熱燗をワインワインへ梯子かな
翌日は先ず郡上八幡城に上る。結構な坂道が続いて、些かの齢を感じるも、全員が上り切り、更に城内は天守閣にまで登った。この城は1566年創建されて、明治の廃藩まで18代の城主が引き継いだ。11代城主の金森頼錦(よりかね)は天文学に精通して、徳川吉宗の命により天文観測を行った。しかし、晩年は奏者番(江戸城における武家の礼式を管理)から出費が重なり、年貢増の策をきっかけに、1754年には郡上一揆が起こって改易された。

郡上八幡城を背に集合 城近くの山内一豊の夫婦像
紅葉散る円い義民の連判状 登城の途に頓死の冬の蜂
天守より郡上いづこも紅葉晴れ
昼食後は「まちなみ観光案内人」により郡上八幡の街を歩く。この町は7月から9月にわたって32夜、お盆の4日間は徹夜で踊る「郡上おどり」で人を集める。今年は5万人も集まったとの事。「見る踊り」でなく「参加する踊り」と云われ、江戸時代に領民の融和を図るために、城主が盆踊りを奨励したことから始まった。
そんな城下町の職人町、鍛冶屋町といった町名を歩けば、そこには古い家並みとその軒先を流れる水路があり、常に同じ流速で「宗祇水」に代表される清冽な水が流れている。
長良川の支流の吉田川が町を流れ、夏には鮎釣りの時期には多くの釣り人を集め、また、子供たちが岩から飛び込む喚声が響くと云う。冬は郡上染めの寒晒で鯉幟の彩りを極める。
ここで発展し、今では日本一になった食品サンプル産業も異色だ。食堂などに並ぶ天ぷらや鮨など本物そっくりに作る工房と店がある。

街歩きを終えて、バスで 10分ほど離れた臨済宗妙心寺派の慈恩禅寺へ行き、見事な紅葉の庭園を眺める。また、本堂では住職の奥さんから素晴らしい寺の来歴や仏像などの解説を聞いた。本尊の釈迦如来像や十二神将像など本堂内の仏像などの他に烏枢沙摩明王(うすしまみょうおう)は「下半身の病に大いなる功徳を施す」と聞き、屋外に祀る堂にまで足を運び皆で手を合わせた。

禅寺の紅葉かつ散る池の端 賓頭盧の頭やや寒でも撫でる
慈恩禅寺を発って名古屋へ戻る途中、平野酒造へ立ち寄り地酒などの説明を聞き、試飲などを楽しんだ。
名古屋までのバスの中で、江端部長の指示で参加者全員(石河さんも)の俳句と和歌の発表などあり、愉快な時間を過ごして駅へ到着した。解散後は各自バラバラで帰宅した。