波・メール通信句会   富山ゆたか記

第2回    令和元年6月

主宰特選三句

 星涼し曜変天目見し夜は     飯野 深草
 
 陶磁器を焼く時の予期せぬ色の変化や星の文様が出て、「星の瞬き」ともいう国宝の曜変天目茶碗。この貴重な天目茶碗を見られた作者の昴りと充実感が〈星涼し〉に表出された。

妻までも粘着質へ梅雨に入る   清島 俊雄

 うっとうしい梅雨。いつもは爽やかな妻なのに、いやにしつこい。これはじめじめとした梅雨のせいと、辟易しながらも納得している作者。〈梅雨に入る〉の着地がいい。

 デジタルの世に乗り遅れ時計草  荒野 桂子

 アナログからデジタルの世に変わって行く速度についていけない作者の実懐。花の構造が時計の文字盤のように見えるアナログの時計草を配して、現代社会の一端を切り取られた。

主宰入選

ボサノバを刻む指先梅雨茶房   田中 順子

いこひしはやさしき飛沫作り滝   管山 宏子

ダム底の村の抜け殻旱梅雨    宮川 敏江

目高飼ふ小児病棟暮れにけり   田中 順子

風と来る祭囃子よ地酒酌む    富山ゆたか

 

  作者一句(互選・得点順)

沖縄の草の吐息に耳澄ます    関  美晴

ひとつ家にひとつの木橋ほたる飛ぶ 亀倉美知子

迂闊にもはみ出す天寿雲の峰   稲吉  豊

ぽつかりと土偶の口よ南風     山田せつ子

夏蝶の雨意に迅さを失へり     山下 遊児

街薄暑メタセコイアの下で待つ   阿部千穂子

大らかに己が持場を山桜     工藤 稲邨

赤子抱き巣となる白き日傘かな   山澤 和子

潮風を孕みし枇杷のたわわなる   井上 玲子

オーボエの第二楽章麦の秋    鈴木 基之

人生は蚊帳の外なる蚊が蚊なり   粋  狂子

涼しさを水面に描く山の湖     関根 曵月

深めゆく彩いろいろの四葩かな   伊藤真理子

昼灯蒼きを帯ぶる梅雨入かな   佐野しげを

一刷毛の雲の勢ひ夏の湖     千乃 里子

きりもなき穂擦れの音や麦の秋   霧野萬地郎

銭湯に露天風呂あり百日紅    塚本 虚舟




会員選評より

ダム底の村の脱け殻旱梅雨    宮川 敏江
 住民が立ち退いた村落が干上がったダム湖の底に現れた。村の営みは失せたままに、泥まみれの出現の空疎感を見事に詠みあげた。季語からこの年の水不足も読み取る事が出来る。(霧野萬地郎)

目高飼ふ小児病棟暮れにけり   田中 順子
 病気の子供たちが、可愛く元気な目高を見て癒され、希望と勇気を持ちながら毎日頑張っている姿が読み取れる。作者の優しい心情も伝わる句。(山澤和子)

沖縄の草の吐息に耳澄ます    関  美晴
 沖縄の方々のつぶやきを季語に巧みに織り込み、様々な想いがおありであろう小さな声に、真摯に向き合う姿勢を感じました。さらりと深い御句です。(宮川敏江)

 ひとつ家にひとつの木橋ほたる飛ぶ  亀倉美知子
 最近は蛍の大群はほとんど見られないが、半世紀も前に見た蛍の群れが眼裏にある。この句の景、清浄な水路に囲まれたお屋敷の小走りの為の木橋に、頻りに蛍が明滅している。まさに、その景、幽玄。(佐野しげを)

迂闊にもはみ出す天寿雲の峰   稲吉  豊
 与えられた寿命と思っていた齢を越えていることを、「迂闊にもはみ出す」と表現されて、上等な諧謔味がある。雲の峰からも生命の力強さが感じられる。おもしろみに技があると思う。(山田せつ子)

梅雨御堂千の阿弥陀に千の燭   飯野 深草
 相当の大寺院でしょう。梅雨闇に灯る千の燭の灯の揺らめきが見え、熱心な信徒の声明が堂内に響き、浄土信仰の恍惚の世界が広がる。季語の巧みな使い方が効果的。(稲吉豊)

ボサノバを刻む指先梅雨茶房   田中 順子
 鬱陶しい梅雨の昼下がり、カフェで気散じ。ブラジルのボサノバの軽いリズムに気分転換の指先がテーブルに踊る。(関根曵月)

ぽつかりと土偶の口よ南風
    山田せつ子
 土偶の円く空いた大らかな口元。歌っているようにも放心しているようにも見える。アニミズムの時代で霊が跋扈する時代であったろう。現代社会の言葉の洪水と対照的である。南風が心地よい。(飯野深草)

風を来る祭囃子よ地酒酌む    富山ゆたか
 地酒とありますから帰省した折の句か。「よ」という切字に故郷への思いと地酒への思いが凝縮されています。季語の斡旋が良い。(山下遊児)

   撮影:霧野萬地郎(アラスカにて・ユーコン川)

灘集同人より9句

しゃぼん玉飛んで弾けて三丁目     春本 光洋

声涙消えぬフクシマ桜咲く       筒井 洋子

筍は足裏で探せやつこいぞ       西室  登

寡黙にて生き切った母含羞草      宇賀いせを

麦秋のやさしき雨に濡れゆくも      今井美恵子 

灯を消せば己をつつむ春の闇      寺田 篤弘

麦秋や水を沈めし青砥石        遠山 典子

うりずんや島に牛車に陽の余る     畠山 久江

噴水を浴びしグリフィン飛べるかも    澤村いづみ

潮集同人から8句

すさまじきシュレッダー音みどりの日  鈴木八洲彦  

安房人の情けの濃さとも花菜漬    荒野 桂子

夕焼けて雲と雲との恋実る      吉村春風子 

火山灰のふためく夏となりにけり    松永弥三郎 

誰が鼓打つかとまどふ青葉木寃    久保田葵美

山笑ふ矢鱈元気な社旗国旗      稲吉  豊

春惜しむ美しき三毛猫ミス谷中     田中美穂子

この坂のこの合歓の花好きだなあ   伊藤美也子 


「波」誌2019年7月号の作品より

撮影:富山ゆたか

「花さびた」より  ひとところ闇を濃くせり花さびた       山田 貴世

波集から10句

子や孫のわれは止まり木囀れり    坂本きみよ

石楠花は太郎の爆発のさ中      中嶋  敦  

初蝶の白きは誰ぞかの世より     山田ツトム

でで虫のくしゃみ聴こゆる如き夜半  か さ ね

令和開く鍋一杯の蕗を煮る      植原 房子 

山里に響くサイレン狂ひ野火     堀野カヅコ

薄絹の冷たきぬめり牡丹咲く     関  美晴

快癒せり山吹の黄の溢れたり     矢口 敬子

でで虫やたまには殻を脱ぎたかろ   山澤 和子

さざ波は風の道なり植田中     石槗八重子
      

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